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隠退牧師 holala によるブログ

クリスマスに思う(4)神が人となった舞台裏

 神が人となった方としてイエス様はお生まれになりました。神が人となる、不思議なことです。それは私たち人間の救いのために神さまがなさったことです。このことについて聖書の箇所から少し思いめぐらしました。まずコロサイの信徒への手紙です。

コロサイ 1:15
御子は、見えない神の姿であり、すべてのものが造られる前に生まれた方です。

コロサイ 1:16
万物は御子において造られたからです。

コロサイ 1:17
御子はすべてのものよりも先におられ、

 これらの聖句は御子は被造物ではなく、世界が造られる以前に存在していたことを伝えています。世界が造られる前に御子は御父と共におられました。そのことはヨハネ福音書の最初に書かれています。

ヨハネ 1:1~2
初めに言があった。言は神と共にあった。言は神であった。この言は、初めに神と共にあった。

 この御子のことを先在のキリストと呼ぶことがあります。この先在のキリストは天地創造に関与したことをコロサイ1:16、そしてヨハネ1:3が語っています。

ヨハネ 1:3
万物は言によって成った。成ったもので、言によらずに成ったものは何一つなかった。

 神が人になるとは、御子、先在のキリストが時至って人として生まれることを意味しています。御父は御子に、人となり人として生きるように提案したことが想定されます。御子が了承したから、人となって生まれることが実現したと思います。さらに注目すべきことがヨハネ福音書に書かれています。

ヨハネ 6:38
わたしが天から降って来たのは、自分の意志を行うためではなく、わたしをお遣わしになった方の御心を行うためである。

 イエス様はいつ、御父のみ心を知ったのでしょうか。

 先在のキリストが人となり、イエスとしてこの地上に現れました。イエス様は「わたしをお遣わしになった方の御心を行う」と語ります。イエスはいつ、御父のみ心を知ったのでしょうか。私はイエス様が、つまり先在のキリストが天において神の御心を知ったと考えます。御父は御子に、人となり人として生きるように提案した時に、御心を示されたと考えます。人となり最後に死ぬことをも御父は示唆したのではないかと考えます。またヨハネ5章19節以下にはこうあります。

ヨハネ 5:19
「はっきり言っておく。子は、父のなさることを見なければ、自分からは何事もできない。父がなさることはなんでも、子もそのとおりにする。

 御子はいつ父のなさることを見たのか。天にあって御父と共にいたときではないのかと考えます。御子は御父の御心を十分理解されて地上に来られたのではないかと思うのです。

 しかし人となって生まれたイエス様は、幼児、子供、少年、青年と成長していきます。天上で知った御父のみ心を知りながら育ったのかといえば、そうではないと思います。人となり人として育ったわけですから、私たちと同じように肉体の成長と共に心も成長していったと思います。ただ霊的に敏感で、会堂での礼拝に参加し、聖書が読まれるときには、御父の御心を悟っていったのかもしれません。

 本当のことは何も分かりませんが、天での御父と御子のやりとりがあったと想像することは許されると思います。

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クスノキの実