クリスチャンが元気になる holalaのブログ

隠退牧師 holala によるブログ

2026-06-01から1ヶ月間の記事一覧

死の受容

人間は命に限りがあり、死を免れる人はいません。死は、人間にとって自然なことなのでしょうか。

礼拝説教 信じること、疑うこと

信仰には疑いはつきものです。疑いは不信仰でいけないものでしょうか。疑うから聖書を読み、信仰をたしかにするという事があるのではないでしょうか。

神を疑う人そして信じる人 私 (続き2)

聖書が教える終末の教え。世の終わりが来て、神の計画が実現するとき、キリストにあってすべてものが一つとなります。

神を疑う人そして信じる人 私 (続き)

聖書は終末の到来を教えます。この世界に終わりが来るというのです。信仰に生きる者にはそれを信じる理由があります。

神を疑う人そして信じる人 私

私たちは聖書の語ること、中でも神の約束を大切にしますが、時に疑うことがあります。疑いつつ、しかし信じる方を選ぶ信仰があります。

神を疑う人 私たち

神の約束を疑ったアブラハム、もーせ、イエスの弟子たち。では私たちは信じているのでしょうか。

神を疑う人 イエスの弟子たち

イエスの弟子たちは、イエスが復活したと聞いても、疑い、信じませんでした。何故信じないのでしょう。

神を疑う人 モーセ

モーセもまた神を疑う人でした。疑うのは無理もないと思ったりしますが、彼は苦い結果を招きました。

神を疑う人 アブラハム

信仰の父と呼ばれるアブラハム。彼も神の音馬、約束を疑う人でした。

神を疑う人 アダム

神に対する疑いは不信仰なのでしょうか。確かに聖書には神を疑う人たちが登場します。