クリスチャンが元気になる holalaのブログ

隠退牧師 holala によるブログ

 日曜日の礼拝は、召天者を覚える礼拝として神さまに献げました。私たちの希望は復活にありますが、復活とは体のよみがえりの希望です。この体のよみがえりを希望とするためには、洗礼の出来事の意味を理解しなければなりません。つまり洗礼とは、キリストと共に死に、キリストと共に復活することです。信仰者は、キリストの死と復活にあずかります。それ故、終末の復活を待望することができます。このことを伝えました。


 以前、体のよみがえりを信じることができないとの理由で、教会を去った方がおられました。説教者としての力不足を思わされました。どれほどの信仰者が、キリストと復活を共にして今生きているのか、と懸念を覚えます。キリストと復活を共にすることは、知識の事柄ではなく、生活の中で生きて体験する事柄ですから、説教と牧会の大きな課題です。日本のキリスト教の歴史は短いので、仕方がないことだと思いますが、多くのクリスチャンは、自分の魂が天国に行くというイメージを抱いているのではないかと思います。体のよみがえりを期待している人は少ないのではないかと推測しています。


 23日の月曜日は、石川地区の信徒大会がありました。元東京神学大学学長の近藤勝彦牧師の講演をなさいました。共感できることが多い講演で感謝でした。その講演の中で、キリストと共に死に、キリストと共に復活することが語られ、日曜の説教と重なることが語られ、うれしい思いをしました。


 さらに先週、東京の松沢教会から、聖徒の日の礼拝を終えて、当日の礼拝説教を記載した教会報が送られてきました。私の父は、松沢教会の教会員で、この教会で葬儀をしました。毎年、聖徒の日の案内を戴きます。教会報に掲載された説教でも、キリストと共に死に、キリストと共に復活することが語られていて、ここに大切なメッセージがあることを改めて覚えました。

 金沢では、雹が降り、雷が鳴り、冬が到来しました。


↑一週間前、暖かい日が続いたせいか、すみれが咲きました。