私はこの夏は、毎日と言ってよいほど夜明け前に目が覚めます。トイレのためですが、しばらくは寝つけません。そこで頭の中で賛美したり聖句を思い出したりします。そのうち眠ります。そのような聖句の一つを紹介します。
ローマ 8:38~39
わたしは確信しています。死も、命も、天使も、支配するものも、現在のものも、未来のものも、力あるものも、高い所にいるものも、低い所にいるものも、他のどんな被造物も、わたしたちの主キリスト・イエスによって示された神の愛から、わたしたちを引き離すことはできないのです。
この長い聖句を覚えているわけではなく、思い起こすのは、死も神の愛から私を引き離すことはできないという部分です。
パウロの確信が語られます。「死も、わたしたちの主キリスト・イエスによって示された神の愛から、わたしたちを引き離すことはできない」とあります。この地上の生活において、死は別れです。伴侶に先立たれた時、言いようのない寂しさ、空虚感に襲われ、打ちのめされたように感じる人が多いようです。
しかし、死といえども神の愛から私たちを引き離すことはできないとパウロは語ります。これは大きな慰め、励ましです。ある時から私は、信仰者が神と結ばれるて生きることができる、これが命であり、この命は永遠の命であると理解するようになりました。神と私の結びつきは永遠のものであり、この結びつきは切れない、それが聖書のメッセージです。
詩編 48:15
この神は世々限りなくわたしたちの神/死を越えて、わたしたちを導いて行かれる、と。
神と私の結びつきは永遠である。この信仰に信仰者たちは生きてきたし、これからも生きていきます。私もその一人としてこの信仰に歩みたいと思います。
