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隠退牧師 holala によるブログ

「霊と真理をもって」礼拝する

 ヨハネ福音書4章でイエスはサマリアの女と会話をしています。その中でイエスはこう言いました。

ヨハネ 4:23~24
しかし、まことの礼拝をする者たちが、霊と真理をもって父を礼拝する時が来る。今がその時である。なぜなら、父はこのように礼拝する者を求めておられるからだ。
神は霊である。だから、神を礼拝する者は、霊と真理をもって礼拝しなければならない。

 イエスの時代、会堂での礼拝、神殿での礼拝が行われていました。イエスは、霊と真理をもって父を礼拝する時が来る、今がその時であると話されました。霊と真理をもって礼拝するとはどういうことなのでしょうか。「霊と真理をもって」。これはどういうことなのか。なかなか答えを出せませんでした。

 今日までこの言葉の意味を追求することをしませんでした。でも私は老いたので、自分なりの答えを出す時が来たと思いました。今、この言葉の理解を明らかにしておかなければ、あいまいのままに終わってしまうと思いました。私は長いこと神への礼拝を献げてきました。言い換えると、私は霊と真理をもって神を礼拝してきたということができるのではないか、そのようなわが身を振り返るとき、「霊を真理をもって」とはどういうことなのか、私なりの答えを出すことができるのではないかと思いました。

 「霊をもって」とは自分が、<神との交わりに生きる者である>ことを自覚して、と理解します。アダムが罪を犯して以来、人間の霊は死にました。しかしイエス・キリストを信じ、洗礼を受け、賜物としての聖霊を受けると人間の霊は覚醒し、人は神を信じて生きるようになります。神との交わりに生きることこそ、真に生きることであると知り、神との交わりに生きるようになります。

 「真理をもって」とは自分が、<真理なる神の言葉によって生きる者である>ことを自覚してと理解します。

 「霊と真理をもって」礼拝するとは、<神との交わりに生きる者>として、<真理なる神の言葉によって生きる者>として、礼拝すると理解します。

 神との交わりに生きるとは、神との関係に生きることを意味します。自分は神を畏れ敬い神に従う立場にあり、神は、父なる神として私を愛し、支え、導く立場にあります。自分の立場をわきまえ、神に対してふさわしい態度を取ることが大切となります。

 ですから、神を畏れる思い、そして神の前にへりくだる思いをもって礼拝をします。私たちを救い、御言葉をもって生かしてくださる神をたたえる思いをもって礼拝をします。真理なる神の言葉を聞くことを期待して、神の言葉に従う備えをもって礼拝を献げます。

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