クリスチャンが元気になる holalaのブログ

隠退牧師 holala によるブログ

 今日は地区教会婦人会連合の委員会。開会のメッセージを担当している。午後、CLCに行って、買い物をする。他に寄り道をして帰ったが、財布を落としてしまった。中にはたいした額は入っていないので、被害は少ないと思うが、ちょっとショック。


 ガソリンがまた値上がりした。物価の値上がりが私たちの生活を襲う。なぜ、ガソリンは値上がりするのか。中国、インドでの需要が増え、供給量が少ないのが原因の一つという。中国もインドも経済の発展がめざましく、人々の生活が上向きとなり、自動車社会に向かい、ガソリン需要が増えているとのことである。


 誰だって豊かな生活はしたいし、そのための努力をしている。豊かな生活をする権利はある。豊かな生活を送れそうな人が増えれば、車に乗りたい人が増えれば、ガソリンは不足し、値が上がるのは必然となる。今まで発展途上国と言われた国々が豊かな生活を享受するようになれば、ガソリンを始め様々な資源の値段が上がることは必定である。先進国と呼ばれた人々の独占的な消費が許されない時代に入った。


 我々がそれなりに豊かな生活を享受できたのは、たとえばガソリンを安く購入できたからであり、先進国と呼ばれる国が独り占めしてきたからである。今、豊かな生活を享受できる国が増え、ガソリンは供給が間に合わなくなり高騰化する。誰でも豊かな生活を享受する権利があるのだから、ガソリンの高騰化は受け入れるしかない。産油国が増産すれば、高騰期化は沈静化するかもしれないが、絶対的な消費量は増加をたどるし、資源の量は限界がある。電気自動車の実用化は緊急の課題となる。ハイブリッドカーの普及も必要となる。


 ガソリンの値上がりで漁業を営んでいる人たちが苦しんでいる。魚の値段は変わらないので、ガソリンの高騰化は、漁師たちを廃業に追いやることになる。魚の値段を上げなければ漁師たちは立ちゆかない。我々消費者は、高くなっては困ると感じる。漁師がいなくなれば魚は食べられなくなる。物の適正な値段とは何なのか。今の値段を適正とすれば、その内、魚が食べられなくなるかもしれない。


 我々の生活スタイルの変革が迫られる時期に来たように思う。自動車は、電気自動車にしてガソリンの消費を少なくしなければならない。我が国では、食物の自給率を高くしなければならない。今までは、外国から安いものを輸入することができたかのしれないが、外国に依存するなら、物価の高騰化の影響も大きい。農業の活性化も大切だ。


 政治家、マスコミにお願いしたいのは、なぜ、今の状況が起きているのか、それに対してどう考え、どう対処するのか、先行きに対して安心できるのか、それをはっきりさせてほしいといいこと。ガソリンについても、なぜ高騰化するのか、説明が少ない。


 資源は限られている。豊かな生活をするために資源を消費することが必要。豊かな生活をしたいと資源を求める人々が急増している。放っておけば、資源の価格は高騰する。技術革新により、別な資源の活用を考え、生活レベルを維持することである。あるいは、様々な工夫をすることにより、資源を有効に使うことである。


 我々は今までの生活を当たり前と思ってはならないのだろう。新しい技術の開発や様々な工夫によって、困難な時代を生きていかなければならない。日本人は、その本領を発揮できる時代に入っていると思うのだが、人材を真に活用するという動きは鈍い。派遣など人件費を抑えることしか考えなければ、資源の乏しい我が国は落ちぶれるだけだ。


 キリスト教はどんな役割を求められているのだろうか。私心なく、時代を生き抜き、切り開くビジョンを持って行動する政治家、経営者、技術者など、社会をリードする人材を生み出すことが大切と思う。教会の第一の働きは伝道であり、人々を救いに導きことであるが、救われた人々をこの世の光、地の塩としてこの世に送り出す働きも大切だ。そのために、神に献身し、この世での働きを担う信仰者を育てることが大切。


 それに、人間の幸せは、欲望の充足ではなく、神と人を愛することにあることを宣伝すること。