詩編 143:5
私は過ぎ去った日々を思い起こし、
あなたの行ったことを一つ一つ思い返し、
御手の業に思いを巡らします。
(聖書協会共同訳)
聖書協会共同訳の詩篇143編の言葉を読んで、私も御手の業を思い起こすことにしました。それには理由がありました。私の人生は偶然の積み重ねからできているのか、実際に神の導きがあるのか、確認してみたいと思ったのです。
それで<御手の業>と思えることを思い起こし、自分の人生の節目における<御手の業>と思えることをブログに書いてみました。書き終えて、神の導きは現実にあったと考える方が合理的であると判断しました。私の心は納得したのです。偶然の積み重ねは、神のご意志を示すと考えるのが妥当だと思いました。
最近、私はヘンリ・ナウエンの本を読んでいます。ナウエンは『心の奥の愛の声』の最後で「苦悩の数ヶ月のあいだには、神はほんとうにいるのだろうか、私の想像の産物にすぎないのではないかと疑ったこともよくあった」と書いています。これを読んで、自分だけではないんだと思いました。
私は大人になってから信仰を求めました。聖書が語る終末の事柄は絵空事に思えてしまうのです。私も時に、人間が書いた聖書なる書物に基づき、人間が作った信仰の世界に自分は生きているのではないかと思うことがあります。でも今回、<御手の業>と思えることを書いてみて、自分は神さまに導かれて生きてきたのだと確信することができたように思えます。そして絵空事と思える聖書が語る終末の事柄には真理性があると最近は思えるようになってきました。
