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隠退牧師 holala によるブログ

イエスの呼び方

 最近届いたキリスト教関係の機関誌に、以前同じ地域にある教会に仕えていた牧師の説教が掲載されていました。テーマは説教の中で、イエスをどう呼ぶか、です。「イエス」と呼ぶか、「イエスさま」と呼ぶか、「主イエス」と呼ぶか。説教者には、それぞれの呼び方があります。

 その説教でその牧師は、若い時、自分の出身教会の夕礼拝を月一回担当していたそうです。その時彼は「イエス」と語っていたそうです。ある時、礼拝に出席していた婦人から、「先生はなぜ説教の中で『イエスは』と言うのですか」と質問されたそうです。そして自分は返答に窮したと書いています。

 後日その教会の牧師から「あれはよくないよ」と注意されたそうです。「説教者が『主イエス』と呼べない説教を聴いて、教会員が『主イエス』と呼べるか!」。説教の中で、イエスをどう呼ぶか、説教者の信仰が現れてくるというのです。そして彼は書きます。「主イエスの福音に生きる時に、私たちは客観的・中立的に『イエス』と呼び捨てに出来るだろうか」と。

 この呼び方については私も悩んだことがあります。「主イエス」と呼んだ時期もあり、「イエスさま」と呼んだ時期もあります。牧師を引退してから時々、説教をする機会が与えられましたが、ある時から、「イエス」と言うことにしました。その理由は、日本語聖書は、「イエス」と訳しているからです。「イエス様は・・・」とか「主イエスは・・・」と訳していません。「イエスは・・・」と訳しています。だから説教でも「イエス」と呼ぶことにしました。聖書に倣(なら)おうとしたのです。呼び方を変えれば、それで信仰が伝わるわけではありません。イエスと呼び、聞き手にあなたはこの人をどう思うか、と問いかけることができますし、聖書を読むと、「イエスは」とあって、やはりこのイエスをどう受けとめるのかと聖書は問いかけます。

 ある時私は思いました。「イエスさま」とか「主イエス」と呼びかける説教者が、聖霊については、「聖霊」と言うのです。「神さま」「イエスさま」と呼びかけるのに聖霊については、「聖霊」です。三位一体の神を信じるなら、「聖霊さま」と呼ぶのが筋が通るのではないかと思います。ですから「イエスさま」と呼びかけていたとき、私は、「神さま」「イエスさま」「聖霊さま」と呼びかけていたときもあります。その時、私は聖霊の働きを信じていましたから、「イエスさま」と呼ぶなら、敬意を込めて「聖霊さま」と呼ぶのが筋が通ると考えていました。

 大事なのは、説教において、イエスを「この方はまことに主である」と伝えることができているかどうかだと考えています。

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